教育・生涯学習
安藤哲也《NPO法人ファザーリングジャパン代表》

85年、明治大学卒業後、出版社の有紀書房に入社。書店営業で全国の書店を歩く。
86年、リットミュージック入社。音楽雑誌・楽譜等の販売に従事。
88年、UPU入社。雑誌「エクスファイヤ日本版」「i-D JAPAN」の販売・宣伝担当。
94年、書店員に鞍替え。大塚・田村書店の3代目店長に。
96年、東京・千駄木の往来堂書店をプロデュース。初代店長を務める。
00年、オンライン書店bk1へ移籍。02年まで店長。
その後、糸井重里事務所を経て、03年、NTTドコモの電子書籍事業へ参画。
04年、楽天ブックスの店長に就任。その後、クロスメディア事業に従事(07年10月退社)。
06年11月、会社員として仕事をする傍ら、父親の子育て支援・自立支援事業を展開する
NPO法人ファザーリング・ジャパンを立ち上げ、代表に選出・就任。現在は専従。(株)絵本ナビ顧問も務める。
地域活動では、娘と息子の通った保育園、学童保育クラブの父母会長、公立小学校のPTA会長を務めた。また2003年より、パパ’s絵本プロジェクトのメンバーとして、全国の図書館・保育園・自治体等にて「パパの出張絵本おはなし会」を開催中。
2009年に発足したにっぽん子育て応援団共同代表(応援団長)も務める。
ダニエル・カール《タレント》

ダニエル・カール(Daniel Kahl) タレント
生年月日:1960年3月30日
出 身:米国カリフォルニア州モンロビア市
学 歴:パシフィック大学(カリフォルニア州ストットン市)
専 攻:国際政治経済
語 学:英語、ドイツ語、山形弁
専門分野:地理、世界史、言語、日米文化比較論、子供の教育
略歴 高校時代、交換留学生として奈良県智弁学園に1年間在日。
大学生時代、大阪の関西外国語大学に4ヶ月学び、その後、京都の二尊院に2ヶ月ホームスティ、佐渡島で4ヶ月文弥人形づかいの弟子入りをした。大学卒業後、日本に戻り文部省英語指導主事助手として山形県に赴任し、3年間英語教育に従事した。その後,上京し、セールスマンを経て、翻訳・通訳会社を設立。十数年前からテレビ・ラジオ等の仕事を兼務して現在に至る。(妻と息子の三人家族)好奇心旺盛な性格とバイタリティある行動力そしてユーモア豊かなサービス精神、それに加え3年間の山形での生活で鍛えた山形弁を武器に、ドラマ、司会、肩書き:山形弁研究家コメンテーター など何でもこなすマルチタレント。現在子育てに全力投球!
*趣味 映画鑑賞、読書、スキー、登山、アメリカン・フットボール、ルーツ探し、子育て、 歌(合唱)
ふくだ友子《人材育成アドバイザー》

ふくだ友子(ふくだ ともこ) 人材育成アドバイザー
大阪生まれ。
(株)東芝に勤務後、心理学、カウンセリングを学ぶ。
各界の先達に師事すると共に、ジョン・ロバート・パワーズスクールにて、欧米式マナーと人間魅力学を習得。ビジネスコンサルタント会社を経て、1988年 企業研修講師として独立。
短期大学、日経ビジネススクール講師を歴任。各企業、官公庁、商工会議所、病院、商店、学校、PTA、各種団体など全国各地で研修・セミナー・講演に携わる。研修風景は、NHKをはじめ衛星放送でも放映。テレビ・ラジオにゲスト出演。雑誌・新聞などのメディアからも注目されている。
2009年、全国の講演・研修へさらなる対応のため、拠点を東京に移す。
松平定知《フリーアナウンサー》

松平定知(まつだいら さだとも) フリーアナウンサー
1944年 11月4日生まれ
1969年 3月 早稲田大学卒業
4月 NHK入社
6月 高知放送局赴任
1974年 8月 NHK東京アナウンス室
2007年 11月 NHK退社
現在フリーアナウンサーとして活躍
ケンタロウ《料理家》

ケンタロウ 料理家
1972年生まれ
武蔵野美術大学中退
在学中よりイラストレーターとして活動をはじめる。
その後、料理家としてデビュー。
「LEE」「ChouChou」「オレンジページ」「ESSE」などの料理ページを中心に活動する一方、「きょうの料理」(NHK系)「ケンタロウのおいしいラジオ」(TBSラジオ)などのテレビ、ラジオにも出演中。また書籍、雑誌新聞のエッセイなどの執筆、料理教室、講演会の講師、食品・食器の商品開発など幅広く活動し、2003年秋にはBEAMSとの共同企画「UBC」での料理教室を行い、キッチン用品及び洋服の企画デザインも手掛ける。クルマや音楽など多数の趣味をもつ。
2006年春よりケンタロウのオリジナルカレー缶がYahoo!ショッピングにて、期間限定販売。
2006年上半期カレー部門1位となった。
料理は“簡単でおいしく洒落っ気があって現実的なもの”をモットーに、ひとり暮らしや一般家庭、若者、初心者、主婦、男性、年配の方など様々な層に向けてジャンルにこだわらずに展開。決して突飛なものではなく、“作る楽しさと食べる楽しさ”を大切にした“また食べたくなるもの”を提案している。
DoCoMo、au、SoftBankの主要3キャリアにて、公式携帯サイト「ケンタロウ House」を好評配信中!
米津さち子《メイクセラピー&ユーモアセラピー オフィス米津》

米津さち子(よねづ さちこ)
メイクセラピスト、ユーモアセラピスト
1968年生まれ。愛知県生まれ。
アパレル業界で10年間女芸人顔負けの名物女店長として活躍。イベントでの得意のマイクパフォーマンスで店内を爆笑の渦に巻き込み、売上上位をキープ。
2001年9月突然の不安神経症(パニック障害)に襲われる。
2003年治療と療養を兼ねて自他ともに認める天職だった仕事を退職。
2004年有限会社オフィスグレイス代表岩井結美子氏が開発したメイクセラピーと出会い、同社主催のメイクセラピスト養成講座を受講後メイクセラピストとなる。
2006年有限会社オフィスグレイス入社。
2007年独自のユーモアを活かしたコミュニケーションをスキルとしてユーモアセラピストとしての活動も始める。
2008年有限会社オフィスグレイス退社。
2009年「メイクセラピー&ユーモアセラピーma☆yone~'sまよね~ず」として独立。
武田双雲《書道家》

武田双雲(たけだ そううん) 書道家
1975年、熊本県生まれ。東京理科大学理工学部卒業。
3歳より書道家である母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。大学卒業後、NTT入社。約3年間の勤務を経て書道家として独立。音楽家、彫刻家などさまざまなアーティストとのコラボレーション、斬新な個展など、独自の創作活動で注目を集める。
2003年、中国上海美術館より「龍華翠褒賞」を受賞。同年、イタリア・フィレンツェにて「コスタンツァ・メディチ家芸術褒賞」を授章。
映画「春の雪」、「北の零年」、テレビ朝日「けものみち」、TBS50周年大河ドラマ「里見八犬伝」、愛知万博「愛・地球博」のグローバルハウス各ブースほか、数多くの題字を手がける。
また、フジロックフェスティバル、ロシア・モスクワ、スイス、ジュネーブでのイベントなど、国内・海外問わず多くのパフォーマンス書道を行なっている。
近年では、ホテルオークラ、ホテルニューオータニ、東京全日空ホテル、成田空港、阪急百貨店(梅田)などで斬新な個展を開催。また、2008年6月14日開通の東京メトロ地下鉄副都心線、明治神宮前駅にバブリックアートとして「希望」の作品を提供。2009年1月から放送予定のNHK大河ドラマ「天地人」の題字も揮毫している。
また、オリジナルの書道講義が話題を呼び、「NHK課外授業ようこそ先輩」日テレ「世界一受けたい授業」に出演するなど、様々なシーンでワークショップを行っている。
書道教室「ふたばの森」主宰。200人を超える門下生に指導を行なっている。
二宮清純《スポーツジャーナリスト》

二宮清純(にのみや せいじゅん)
スポーツジャーナリスト
(株)スポーツコミュニケーションズ代表
1960年 愛媛県八幡浜市生まれ。
八幡浜高校を経て、日本大学商学部卒業。
スポーツ紙や流通紙の記者を経て、フリーのスポーツジャーナリストとして1987年に独立。
オリンピック・サッカーW杯・メジャーリーグ・ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。
テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーター、講演活動と幅広く活動中。
テレビ・ラジオのドキュメンタリー番組の構成も手掛け、1996年「野茂&ラモスのドリームトーク」(ニッポン放送)構成で、すぐれた放送作品に贈られるギャラクシー賞優秀賞を受賞。
1999年6月より、インターネット・マガジン「Sports Communications」を開始。
現在、株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。
ジャーナリストとして活躍する一方、「地域」と「住民」を主体としたスポーツクラブづくりにも取り組んでいる。
井沢元彦《作家》
井沢元彦(いざわ もとひこ) 作家
昭和29年 名古屋生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
TBS入社後、報道局放送記者時代「猿丸幻視行(さるまるげんしこう)」にて第26回江戸川乱歩賞受賞(26歳)、31歳にて退社、執筆活動に専念。以後、歴史推理、ノンフィクションに独自の世界を開拓。最近の主な著書としては、「言霊(ことだま)」「隠された帝」「義経はここにいる」「逆説の日本史1~14」「恨(ハン)の法定」「ユダヤ、キリスト、イスラム集中講義」などがある。
また、現代週刊ポストに連載中「逆説の日本史」は700回を突破している。一方、テレビ、ラジオにも出演中。現在、日本推理作家協会理事 日本ペンクラブ会員、BSフジ番組審議委員。
池田智鏡《日陽山毘沙門天天台宗普光寺住職》

池田智鏡(いけだ ちきょう)
日陽山毘沙門天天台宗普光寺住職
1944年北九州市生まれ。
高校を卒業後に就職し、22歳で結婚。その後離婚する。
輸入雑貨卸業の会社を10年間経営し、その後37歳の時に真言宗毘沙門天総本山信貴山で得度。北九州市普光寺別院『毘沙門堂』の復興に携わる。その後、真言宗から天台宗に転派し、日陽山毘沙門天普光寺の住職となる。琵琶演奏を交えた講演やエイズ撲滅等の活動に取り組んでいる。








