林家木久扇《落語家》

林家木久扇(はやしやきくおう) 落語家
昭和12年 東京都出身。
昭和36年 林家正蔵門下へ入門。
昭和40年 二つ目昇進。
昭和47年 真打昇進。
平成19年 「木久蔵」の名を息子の林家きくおに譲り、「木久扇」
に改名。
昭和31年 3月 東京都立中野工業高等学校
食品化学科卒業。
4月 森永乳業(株)新宿工場就職。同年8月に
漫画家 清水崑氏門下へ入門。
鎌倉にて書生として過ごす。
昭和35年 8月 崑氏の紹介により落語家 桂三木助門下へ
入門。芸名 桂木久男で見習い。
昭和36年 1月 桂三木助没後、林家正蔵門下へと移り、
前座となり芸名 林家木久蔵となる。
初高座は新宿末広亭、演題は「寿限無」。
昭和40年 9月 二つ目昇進。
昭和41年11月 日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバー。
司会は前田武彦氏。
昭和47年 4月 TBS朝のワイドショー「モーニングジャンボ
(のち“奥さま八時半です”と改題」にレギュラ
ー出演、以後10年間、レポーター等を務める。
9月 林家木久蔵のまま真打に昇進。
昭和56年12月 ラーメンについての本邦初の単行本
「なるほど・サ・ラーメン」をかんき出版より
出す。ラーメンブーム起こる。
昭和57年 5月 東京新宿クッキングアカデミーにて
「全国ラーメン党」結成、会長に就任。
ラーメンチェーン化始まる。
昭和58年 3月 東京銀座、ギャラリー中島にて初個展
「林家木久蔵美人画展」を開く。
昭和61年 3月 東京新宿タカノギャラリーにおいて
「私の下町五十景」と題して下町景画の
初個展を行う。画文集も出版(三修社)。
平成元年10月 スペイン・バルセロナ市にラーメン党の店
「カサ・デ・ボスケキク」がオープン。
平成 3年 2月 林家木久蔵芸能生活30周年パーティーを開く。
平成 4年 3月 島根県美都町山中に“木久蔵アトリエ”完成。
4月 TBSテレビ「木久蔵の人情一本釣り
(月曜日~金曜日」司会者として番組スタート。
同年10月終了。(社)日本漫画家協会会員に
推薦をうけ正会員になる。
8月 (社)落語協会理事に就任。
10月 東京日本橋・丸善ギャラリーにて「日本橋発
林家木久蔵錦絵展」を開催。
平成 6年 6月 関東版かもめーる「かえり船にかえる」発売
(木久蔵イラスト)。
平成 7年 3月 日本医科大学にてリウマチ医療のため
落語会を行う。
10月 東京日本橋・丸善ギャラリーにて個展を開催。
日本印章協会イメージキャラクター。
平成 8年 5月 日本リウマチ財団全国大会(三越会場)。
平成 9年 4月 東京郵政局ポスター制作。
7月 「ジャングル大帝」応援団として声の出演。
オーツタイヤ「ファルケン」のCM出演。
平成10年 3月 映画「ドラえもん南海大冒険」にて
海賊パンチョ約として声の出演。
平成11年 1月 タイ・バンコクにて「全日空寄席」出演。
5月 日本テレビ「いつみても波乱万丈」出演。
9月 東邦生命ホールにて
「木久蔵・きくお親子会」実施。
11月 NHKラジオ「話芸・笑芸・あたり芸」
きく姫と師弟共演。
平成12年1月~ 北海道ニセコ町観光大使。
平成13年12月 NHK出版「昭和下町人情ばなし」。
フレーベル館「落語の隠し味」出版。
平成15年 5月 浅草松屋に個展
「浅草発!天才木久蔵錦絵祭り」を開催。
10月 NTT Bフレッツインターネット放送用CM出演。
平成16年 7月 神奈川県瓦屋屋根工業連合会名誉総裁就任。
8月 ポプラ社「僕の人生落語だよ」文庫版出版。
9月 総務省・行政相談週間イメージキャラクター。
10月 OSG(株)錦絵カレンダー制作。
12月 木久蔵初の落語CD「キクラクゴ」発売。
平成17年 3月 ワイズ出版「多羅尾伴内 七つの顔の男」
イラスト、編集。
九代目林家正蔵襲名 お練参列。
4月 ~5月、CX‘劇団演技者’ドラマ「新しい生き物」
ジムの会長役で出演。
5月 日本テレビ「情報ツウ」きくおと親子出演。
6月 「寄席の日」用うちわの錦絵。
平成18年 4月 日本調剤薬局「ジェネリック薬品」店頭広告、
店内用ビデオ出演中。
7月 「野村證券」CM出演中。現在、
(社)俳人協会会員、鯨の食文化を守る会
会員など精力的に活動中。
12月 16日公開、東宝映画「犬神家の一族」
柏屋九平役にて出演。
平成19年 9月 「木久蔵」の名を息子の林家きくおに譲り、
自らは「笑点」で公募した「木久扇」に改名。
ダブル襲名披露興業を行う。
【主な講演テーマ】
「笑いと健康」
「修行の時代」
「僕の人生、落語だよ」








