健康・福祉
ふくだ友子《人材育成アドバイザー》

ふくだ友子(ふくだ ともこ) 人材育成アドバイザー
大阪生まれ。
(株)東芝に勤務後、心理学、カウンセリングを学ぶ。
各界の先達に師事すると共に、ジョン・ロバート・パワーズスクールにて、欧米式マナーと人間魅力学を習得。ビジネスコンサルタント会社を経て、1988年 企業研修講師として独立。
短期大学、日経ビジネススクール講師を歴任。各企業、官公庁、商工会議所、病院、商店、学校、PTA、各種団体など全国各地で研修・セミナー・講演に携わる。研修風景は、NHKをはじめ衛星放送でも放映。テレビ・ラジオにゲスト出演。雑誌・新聞などのメディアからも注目されている。
2009年、全国の講演・研修へさらなる対応のため、拠点を東京に移す。
山田隆夫《タレント》

山田隆夫(やまだ たかお) タレント・落語家
1956年(昭和31年)8月23日東京都深川生まれ。
10歳でNHKより子役デビュー。
13歳でNTV「笑点ちびっこ大喜利」に出演。
17歳で「ずうとるび」を結成し、リーダーとして作詞作曲を手がける。1975年NHK「紅白歌合戦」に出場。
1984年「笑点」にレギュラー出演。座布団マンとして親しまれ、老若男女を問わず全国的なファンをもつ。
2001年に久々のレコード「なぜか埼玉・幸せのザブトン」を発表。
五代目鈴々舎馬風に師事し、高座名「鈴々舎鈴丸」としても活躍中。
春風亭小朝《落語家》

春風亭小朝(しゅんぷうていこあさ) 落語家
1955年(昭和30年)3月6日 東京駒込生まれ
1970年(昭和45年)、春風亭柳朝に入門、1980年(昭和55年)25才で真打昇進。
落語家以外にもドラマ、クラシック音楽、ジャズと様々な活動を展開している。
年間200回を超える独演会、講演会を行い、特に歌舞伎座3夜連続、銀座博品間劇場30日間連続独演会、その他新橋演舞場、京都南座と大劇場での公演を多く企画する。
1997年(平成9年)10月11日には落語界初の日本武道館での独演会を開催。超満員のお客様を集め、大作を2席口演し大好評を博す。
2001年(平成13年)4月に、日生劇場の3日間連続講演で山田五十鈴と初共演をはたし、各方面から絶賛される。
2003年(平成15年)6月、新宿コマ劇場の「恋や恋浮かれ死神」では落語家初の座長公演を行う。
また、同年2月に笑福亭鶴瓶、林家正蔵、春風亭昇太、立川志の輔、柳家花緑と落語ユニット「六人の会」を結成し、落語界の活性化と落語の普及のために活動の場を広げている。活動の主なものとして、2004年(平成16年)より7月の3日間、落語家が所属する各団体、一門を超えて参加する、落語界始まって以来のイベントである<大銀座落語祭>を銀座で開催する。
東西の落語家、色物、お笑い芸人が200名以上出演し、3回目の昨年は35,000人の落語ファンを集めた。2007年(平成19年)は更にスケールアップし7月12日~16日までの5日間、11会場で開催した。銀座の夏の風物詩ともなりつつある。
白石真澄《関西大学政策創造学部教授》

白石真澄(しらいし ますみ)
関西大学政策創造学部教授
1958年 大阪生まれ。
1987年 関西大学大学院工学研究科建築計画学修士課程
修了。
(株)西部百貨店に入社。ロフトのプロジェクト室で
主に店舗開発に従事する。
1989年 (株)ニッセイ基礎研究社に入社。
社会研究部の主任研究員として、少子・高齢化、
バリアフリーを中心に調査・研究に取り組む。
2002年 東洋大学経済学部社会システム学科 助教授就任。
首都圏第三空港調査検討会(国土交通省)、
沖縄振興開発審議会(内閣府)、
社会資本整備審議会、
交通政策審議会(国土交通省)などの公職も務める。
池田智鏡《日陽山毘沙門天天台宗普光寺住職》

池田智鏡(いけだ ちきょう)
日陽山毘沙門天天台宗普光寺住職
1944年北九州市生まれ。
高校を卒業後に就職し、22歳で結婚。その後離婚する。
輸入雑貨卸業の会社を10年間経営し、その後37歳の時に真言宗毘沙門天総本山信貴山で得度。北九州市普光寺別院『毘沙門堂』の復興に携わる。その後、真言宗から天台宗に転派し、日陽山毘沙門天普光寺の住職となる。琵琶演奏を交えた講演やエイズ撲滅等の活動に取り組んでいる。
杉山裕太郎《歌手》

杉山裕太郎(すぎやま ゆうたろう) 歌手
1974年、岐阜県垂井町生まれ。
小学校時代は正義感の強い優等生だったが、中学を境に非行に走り始め、暴走族リーダーや薬物中毒などアウトローの世界でどん底を経験するが、23 歳の頃、親との和解を機に愛情に目覚めて再出発し、教師に憧れて大学へ入学、首席で卒業、教員免許も取得したが、「歌で世の中の人たちに勇気を与えたい」と歌手としての音楽活動の為に上京した 。過去の経験を生かして、青少年健全育成や犯罪被害者支援などの活動に力を入れ、全国でのアカペラの歌などを交えた講演ライブ活動を中心に役者やラジオパーソナリティなどマルチに活躍中。 講演では親に貰ったたった一言の言葉で更生した自身の体験をもとに、照れず惜しまず、愛情を言葉にして伝えることによって、自殺や猟奇殺人などで失われる尊い生命の中に、救える生命がたくさんあることを実感。魂のこもった講演と歌で世の中に熱いメッセージを送っている。
藤井妙法《天台宗僧侶》

藤井妙法(ふじいみょうほう) 天台宗僧侶
1946年大阪市生まれ。
子どもの頃、四天王寺で参拝者から施しを受けている人々を見て疑問を抱き、それ以後、様々な思想遍歴を重ねる。
滋賀県の比叡山や奈良県の三輪山での修行を経て、69年、20歳の時に佛教に帰依する。
76年、27歳の時に天台宗総本山比叡山延暦寺大講堂にて正式に出家得度し、天台宗の僧侶となる。
京都教育大学で心理学を、大谷大学で宗教学を、京都大学で哲学を学ぶ。
講演・企業研修では、経営者と社員の意識改革を行い社風を一新させ、多くの企業の立て直しに成功。赤字企業を黒字企業に転換させる。また、阪神淡路大震災ではボランティア活動を行い、講演と研修で得た1000万円を日本青年会議所に寄付した。
早川一光《総合人間研究所所長》

早川一光(はやかわかずてる) 総合人間研究所所長
昭和23年 京都府立医科大学卒業。
昭和25年 京都西陣に住民出資の白峰診療所を創設。
昭和33年 堀川病院に発展し、院長、理事長を経る。
昭和59年 同職を辞し、堀川委員顧問。
医の心を求め実践する会を結成、会長。
京都市中央老人福祉センター相談医。
ぼけ老人をかかえる家族の会顧問。
昭和63年 総合人間研究所所長に就任。
林家木久扇《落語家》

林家木久扇(はやしやきくおう) 落語家
昭和12年 東京都出身。
昭和36年 林家正蔵門下へ入門。
昭和40年 二つ目昇進。
昭和47年 真打昇進。
平成19年 「木久蔵」の名を息子の林家きくおに譲り、「木久扇」
に改名。
三遊亭楽太郎《落語家》

三遊亭楽太郎(さんゆうていらくたろう) 落語家
昭和25年 東京出身
昭和45年 三遊亭円楽にスカウトされ入門
昭和51年 二ツ目昇進
昭和56年 真打昇進
※2010年 六代目『三遊亭円楽』を襲名予定
【受賞歴】
昭和54年 放送演芸大賞最優秀ホープ賞
昭和56年 若手落語家努力賞








